起業前20話:アメリカで家出をする!?

目覚めると茶色く変色した天井がぼんやりとみえる。朝日の入らない地下室で、やはりこれが現実であった。古ぼけたベットカバーの下で、楽しかった日本での何不自由のない華やかな生活が、懐かしく未練がましく思い出される。自分がした初めての大きな決断は、誤りだったのだろうか。

ゆっくりとベットから起きあがると、やっぱり別れた彼に会いたい。気が狂いそうな想いがこみあげてきた。そして母の微笑みがすでに懐かしい。ダメだ、今、考えたらダメだ。できることならこのまま現実を見ずに寝ていたいが、色んな思いがめぐり目が覚める。

冷静になって現実を考える。この家の何が我慢できないのか、、真冬の氷点下-8度の日でも地下室には窓も暖房もないこと、朝も夜も食事がコーンフレークで常に空腹なこと、子供が勉強の邪魔をして筆記用具やアクセサリーなど身の回りのものを盗んでいくこと、ホストマザーの愛人が鍵を持っていて学校から帰るとその愛人と私が二人きりになってしまうこと、などなど。

英語ができなさ過ぎて、私はホームスティ先を手配してくれた語学スクールのオフィスでホストファミリーを変更してほしいということを上手く伝えられなかった。英語が話せないなら、オフィスに自分の希望を書いた手紙を持っていくのだ。そうすれば理解してもらえる。

何日かかけてやっと書いた手紙を持っていくと、オフィスで「それはできない」「契約期間を守ってほしい、あと3ヶ月したら変更できるから」という。クラスメイトも、もう少しだけ我慢しよう、わかな!と励ましてくれている。しかし、私は3ヶ月もあの家にいることは考えられなかった。

ならば、、、「家出」をしよう。アメリカは契約社会だというけど、出てしまえば、さすがに住んでもいないのに金を支払えとは言われないだろう。では、どこへ?周囲に家出を決意したことを伝えて、「白亜の家、できればピアノがある家」にホームスティしている人はいないかと周囲に訪ね廻った。

すると語学スクールの上級クラスの日本女性の家が「白亜の家でグランドピアノがある家」がホストファミリーだという。早速、彼女の家に遊びに行かせてもらって、彼女が私の状況を説明してくれた。するとその色白で彫りの深いホストマザーが「学校には私から話してあげるわ。いいわ、明日にでもうちに来なさい」と、言ってくれた。

私は本当に明日、言っていいのかを何度も確認して、私は「家出」を急遽実行することにした。いよいよ、明日が家出の決行日だ。渡米直前には、暖かい部屋で尽きることのないおしゃべりをしながら、母親に荷造りを手伝ってもらった。今回、私は一人で、黙々と荷造りをした。暖房のない暗い地下室で、気がつけば夜が白々と明けてきていた。

朝の5時半、こっそりと階段下に降りて、かじかんだ手で固定電話の受話器を取りワゴンタクシーを呼ぶためにダイヤルを回した。全てに対して自信喪失気味の私には、タクシーすら呼べる自信がなくなっていた。

 だが、無事にタクシーはきてくれた。車中から見えたワシントンDCは、雪に覆われながらも凛としていて、頑なに私の受け入れを拒んでいるようだった。そんな景色とは裏腹にタクシードライバーは鼻歌交じりに上半身だけ器用にリズムをとり、とても人生を楽しんでいる風情だ。

「明日にでも我が家へいらっしゃい。」という言葉を鵜呑みにして、私は本当に来てしまったその家は、夢にまで見た白亜の家だった。早朝、白い息をしながらタクシー私はから降りた。するとホストマザーがドアのところで待っていてくれてハグをしてくれた。緊張が解けて、私は彼女の胸で泣いてしまった。

こうして、私の「家出」は成功した。語学スクールの先生には少し怒られたが。。

それにしても広い白亜のお家、グランドピアノ、何もかも願った通りの環境になった。特にこの家の愛くるしい子供たちは、恵まれた環境にいた。仲の良い両親に、ディナーは毎日ホストママの手作りの美味しい料理、そして寝る前の団らん、ふと私はあまりにも対照的な黒人の兄弟を思い出していた。

埃のつもった家、宅配ピザとコーンフレークの食事、若い恋人と部屋にひきこもる母、今ごろあの盗み癖のある子供たちは、寒い家で遊んでいるのだろうか。

●わかな語録:具体的な願いは、実行成果を高める

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