起業前19話:衝撃的なホームスティ先

ホームステイ先は、貧しい母子家庭である黒人の住む小さな家だった。日本で描いていた「白亜の家にグランドピアノのある部屋」という空想は大きくはずれた。余裕があるから留学生を受け入れるのではなく、留学生から支払われる数万を生活費の足しにするというファミリーもいるのだと初めて知った。

私が通された部屋は窓のない暗い地下室、色が変色して古ぼけたベットカバーがやけに目立つ殺風景なところだった。私の母は人が泊りにくる時には、しっかり掃除をして真っ白なシーツを出して、美味しい食事をふるまう。お客様が我が家を訪ねてくれた時に、家を綺麗にして迎えるのは「あなたを大切に思っています」を表現したのと同じと母はよく言っていた。

私は地下室の埃の積もった床を見た。埃が少なくとも2ミリは積もっている。何年も掃除をしていないのかもしれないな。そもそも独立した部屋でもなんでもない。地下に洗濯機がおいてあり、その横にベッドがおいてある。

更に、キッチンに案内された時には、本当に驚いた。アメリカでは冷蔵庫の中のものを勝手に食べても良いからねと言いながら冷蔵庫を開けてくれた。私の視界に見たこともない巨大なケロッグの箱が目に飛び込んで来た。それ以外は2本のとうもろこしと牛乳だけだった。

そしてホストママとの会話も難しかった。うまく聞き取れず何回も聞き直すと、眉間に長い縦皺を寄せ理解できない英語を大声で繰り返す。分からない人に向かって、同じフレーズを繰り返しても理解できないのだから、易しい英語に言い換えるとかの工夫をこの人はできないのだろうか、、もちろん、当時の私にはそんなことを英語で言える能力もない。

それにしても、、、銀座での華やかなOL生活、快適で大きなベットのある暖かい部屋、掃除がゆき届き大好きだった日本のお家、現実は今、あまりにも違っていた。サラダもないコーンフレークだけのディナーを食べながら「なんでこんなところに来てしまったんだろう」と思った。バブルのお客様たちとの美味しい食事、母の手作りのごはんが思い出され、本当に侘しい気分になった。

夜、色が変色したベッドカバーを開けて、古ぼけたベットにもぐり込む。しかし、空腹で眠れない。日本から持ってきたお煎餅を、かじかんだ手で口に入れたとたん涙があふれてきた。明日からどうしようか。愚痴をいえる友も、暖かいおみそ汁を作ってくれる母も、そして大好きな彼も、ここにはいない。

翌日、暗くて寒い地下室から出て、太陽の光を浴びた。

そして「私はここを出よう」と決意した。

● わかな語録:自分の環境は、自分でつくる

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