とうとうボストンへ引越す日になった。みんなとお別れの日。ギリシャ人のディーンはニューヨーク大学で脳神経を勉強するという。相変わらず英語がヘタクソな私が一人でボストンに行くことを心配して、ディーンともう一人の友人がトラックでボストンまで運転して私の荷物を運んでくれるという。
私はこのアメリカ人の自立したワイルドさが好き。引越し業者を使う人なんていない。全部自分たちでやる。2日がかりで引越しをしてディーンと二人はトラックを運転しながら帰って行った。
「ボストンでも僕みたいな通訳を見つけるんだよ」と言い残して。二人を見送りながら寂しさと不安で押しつぶされそうになった。
ここでもう一度、私はゼロから友達を作るんだ。
初めてのボストン大学でのクラスは私の苦手な世界史だった。ここで、私はビリギャルぶりを発揮してしまう。この時の私、日本史でいえば「織田信長ってだれ?」というレベル。世界史なんて漫画で読んだベルばらのフランス革命以外、何も知らない。なにせ日本で世界史は3点だったのだから。
クラスに教授が入って来てチラッと私をみた。イヤーな予感がした。教授はなんと、最初の事業は楽しもうとゲーム感覚でスターリン役とルーズベルト役でディベートを行うという。
・・・頼む、絶対に私をささないでくれ。
ゲームであったとしても、せめて授業でスターリンは誰で、ルーズベルトは何をやった人なのかを講義してからにしてほしい。
そして私の嫌な予感は的中してしまう。何十人もいる生徒の中から教授は私を指名した。なんと私はスターリンになった。クラス中の煽りがすごい。
アメリカ人のノリが、みんな異口同音に「Wakana! スターリン!Wakana!スターリン!」と机を叩きながらデカイ声を出している。
・・・頼む、本当にやめてくれ。。
すごい歓声の中、私は前に出された。本当に私はスターリンもルーズベルトも知らなければ、ディベートのやり方すらもわからない。なのに、みんなの声は、さらに高まる。そんなに興奮すべき人物なのか?
そして、ルーズベルトはインド人の男子が指名された。またもやすごい歓声である。インド人男子が片手をあげて前に出てくると盛り上がりは絶頂になってくる。
すると私を応援する声援が。「Wakana! スターリン!Wakana!スターリン!」机や足でダンダン叩いて、それはまるで熱狂に変わっていくようだった。
私は、正直に言おう。スターリンを知らないから無理です、と。私が「あの・・・」と言いかけたのと教授が「OK, GO!!」言ったのが同時だった。
インド人男子が、ルーズベルトになりきってインド訛りの英語で喋りまくる。
私はこれが現実と信じたくない気持ちで、事の成り行きを呆然と見て、立ち尽くしていた。
「Don’t be shy!!Hey Wakana! Go! Go!」(恥ずかしがるな!わかな、イケイケ!)
・・・シャイじゃないの、わからないの。
とうとう教授が「Wakana, 何か一言でいいから言ってごらん」
クラス中の熱狂的な声も段々と小さくなって、最後にはシーンとした。そして、私は涙目で
「・・・ I don’t know」(・・・わかりません)
クラス中が静かになった。教授の申し訳なさそうな顔が罪だった。
●わかな語録:神様は肯定しか受け取れない。否定形で願うとそれが現実となる。